ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

今までが難しかったんだなあ…。

昨日、初めてメンデルスゾーンの「ロンドカプリチオーソ」を見てみました。うーん。初見で通せてしまった。いや、曲を知っているというのもありますが、うーん。なんか、とても楽だ。


今まで弾いてた曲が難しかったのね。


なんか楽しいです。弾きたいように弾けて。メンデルスゾーンは私は日本のアマチュアオーケストラにお勧めの曲として、よく各地のオケで「やってみたらいいですよ」と言ってきました。決して簡単ではないですが、オーケストラ曲は、皆、出来がいいのです。構成がしっかりしていて、アンサンブルがしやすい、そしてきれいな旋律が出てくる。日本人に向いていると私は思っていました。そういう事もあってメンデルスゾーンは大好きだし、基本だと思っています。残念ながらピアノではほとんど弾いたことがなくて、今回初めてかもしれません。遊びで無言歌集などを弾いたりしていましたが、あくまで遊びなので自分の中には何も残っていません。


気持ちいいですね~すらすら弾けると。
でもこれも最初だけなんですよ。練習してると弾けなくなってくる。前回の幻想即興曲もそうだった。あれは初見で通した時が一番完璧に弾けていました。何でしょう、初見の集中力とでも言いますか、不思議です。


ちゃんとやると難しそうですが、しばらくこの曲を見ていこうと思っています。よくできた曲です。つくりがしっかりしているし、無理な指使いがないし(スクリャービンはすべて無理な指だったので、差が大きいです)、素直に響く和音が美しいです。


さて、睡眠負債の溜まったまま5時半起きで出勤してきました。宿題が全然わからなくてうーんうーんといいながら、あっちの論文こっちの論文とひっくり返し、基礎に立ち返ってネット検索などもしておりました。そうしたら、隣のいい人の上司が(今日は機嫌がよかった。ふうーーー。いつも機嫌をうかがいながらびくびくしてるんですけどね)、人に聞いてくればと言います。この、頭のいい、いい人の上司は、私のことを「何でも自分でやろうとする、人に迷惑をかけてはいけないと思って一人で悩んでいる」と前に言ったことがあるのです。何か調べるのでも、その人はすぐに人に聞く。もちろん自分でも調べる。ちゃんと証拠のとれたものでないと使わないですが、そうやっていつもダブルチェックしています。
見習おうかな。でも私のフロアは事務員の女性ばかりなので、専門分野のことで聞きに行くには別の階にいかないといけない。そこはあのダメな上司のいる部屋です。いけない…。


怖い怖い。でも人に教えてもらって、普通に一般的なサイトに出ていることが分かりました。そんなお手軽なものを使っていいのかわからないけれど、それで明日計算を始めてみます。


今日は記事3連発です。読書感想文もあるし、総括もあるし。
その前にピアノ弾いてきます~。

「女をかけない文豪たち」イザベラ・ディオニシオ

本の帯には
”「舞姫」「こころ」「真珠夫人」etc.ああも女心をわからないのは、なぜ??古典文学ではあんなに巧みだったのに(嘆)”


とあった、10月発売の新刊だったので、イタリア人女性から見た日本の近代文学についての感想というか、特に女性の扱いについて、鋭い意見が聞けると思い、Amazonで見かけて購入、すぐ読みました。


この著者は、日本文学を偏愛し、恋愛下手も自認する翻訳者だそうで、その方が文学史の誇る「最もくどくてどうしようもない男」たちから謎に迫る、ということがかかれていました。この文章自体が意味不明なのですが…。どういうことなのだろう。


例えば森鴎外「舞姫」。言わずと知れた、女を捨てた最低男物語として有名ですが、これをイタリア人女性はどう読むのか?被害女性(?)の行動力にはかなりの理解を示すものの、主人公は、何も自分で決めていない。あちらへ行けと言われれば行き、元の職に戻れと言われれば戻り、帰国しろと言われたら帰国する。そんな従順な、いかにも日本人的な男が主人公。そんなんでいいのか?自分で行動しなくていいのかと私なぞは思ってしまうし、この文学作品が腹が立つのはそういうところなのですが、この著者もそういうところは疑問に感じていて、「鈍感にもほどがある、自分が行動力がある人間なんてよく言えたもんだ」とあきれていました。本当に、まったくもって同感です。全然ロマンチックじゃないし、内省していたり後悔があったり葛藤があっても、はたから見たら滑稽なだけです。


例えば田山花袋「蒲団」。これには「妄想こそはオジサンの生きる道」との副題。うわはははは。めっちゃ笑いましたし、これは別に当時に限ったことではなく、現代のおじさんも妄想の世界に生きているので、今でも有効です。
何かの記事で読んだのだけれど、小説の新人賞に定年退職後の男性の投稿が多いのだそうです。そこに書かれているのは、年配の男(つまりオジサンの)と若い女性社員や女性とのロマンスとも言えない何とも言えない微妙なエロティックな小説が多いのだそうです。新人賞の選考ではまずそういう作品を取り除いていくところから始まるのだそうです。読まずとも、妄想の産物として、仕事してたときにそんなこと考えてたんかおっさんお疲れ~な気分で排除するのだそうです。おっさんは妄想が好きなのです。そして妄想は芸術じゃないんです。みんな渡辺淳一のあとにつづこうとして、まあたいていうまくいかないものだそうです。
「蒲団」は現実にあったことを下敷きにして書かれているけれど、それはどうなのだろう。ゾラを引き合いに出して「自然」「事実」というコンセプトから出発しているけれど、全く真逆の結果を生み出している。好きな人に相手にされないという、ごくありふれた現実の中で、誰も共感できないような人物を作り上げている。ゾラは遠近法的に客観分析できるのに対して、花袋は自分自身もその一部になっていることから、語られている内容のすべてが主観的にデフォルメされている(ぷぷ。全くだ)。
妄想フル活用などと、この本の著者はけちょんけちょんに叩ききってます。いや、このイタリア人の彼女に言いたい、現代のおっさんと、田山花袋は何も変わることはないですよと。


「こころ」に関しては、謎その1:「先生」の正体、謎その2:恋の魔法、謎その3:自殺を選ぶ男たちの心理、として述べています。西洋では一定の理解も示されつつ多くの国で翻訳されている「こころ」は結構の理解に苦しむらしい。私はフランス語の先生と「こころ」について議論したことがありますが、まずなぜお嬢さんと結婚したいことを本人の同意なしに親に言いに行って約束を取り付けるのかとか、抜け駆けについては、潔い日本人がなぜそんな卑怯な手段を選ぶのかとか、そのことについてコミカルやシニカルに書くのではなく真剣に自分の負い目として語り続ける暗さから何を表そうとしていたのかとか、そういった点について疑問を投げかけられました。この著者もその点の秘密について、イタリア人としては納得できないところが多くあるようです。不可思議とひとことでまとめられているのが、うーん。もう一歩掘り下げてほしかったです。
自殺については、K、乃木大将、そして先生、何か自分の人生を終わらせる重大な深刻なことが本当にあったのか、ということについて疑問視しています。乃木大将の場合は日本の伝統とか忠義心とかちょっと外国人には理解できないことかもしれないけれど、Kはどうして?イタリア人の感覚だと「あ~そっか、ふられちゃったか~、次に行こうっ」となるところが、内側に内側に思いつめて命を絶ってしまうことが理解できないそうです。今の若い人も理解できないんじゃないでしょうか。死を持って貫くべきことがあると私は思っているし、最近そういう事件に遭遇したから、命を懸けても守ることはあると思っている。Kはそういう意味であまりに単純に命を懸けるものに対して命を懸けたに過ぎないと私は思っているけれど、イタリア人からしたら、そこまで大事なことなのかと思うらしいです。


この著者は、源氏物語なども読んでいて、そこで描かれた恋愛模様を知っていて、日本文学にはこんな素晴らしい恋愛上手な男女がいたというのに、近代日本文学の男たちは総じてへなへなだと言っている(直接は言っていないけれど、そういう意味合いで書いています)。


それは私はかなり賛成だし、近代日本文学は男性の側からしか書かれていないことに不満を持っている一人でもある。だから、願わくばこの著者にもっとけちょんけちょんに言ってほしかったのです。
ちなみに源氏物語の男たちがみんなかっこいいのは、女性の妄想で希望する設定が多く組み込まれた人物が出来上がっています。現実には、あんな男たちは、いないいない。そして素直で従順なかわいい女も、いないものです。


著者は、いわゆる日本文学オタクと自称しています。それでも学者なので、文学だけではなく、その背景なども知りたいことは何でも知って、その上で文学で博士を取って、こういう論を書いているので、どこか学者然としていて完全に悪口は言わない。でも私は、辛辣に欠点を付いてほしかったと思ってしまっています。男性が女性を踏み台にしていた時代、それをもっとぐさりとやってほしかった。少なくともこの本の帯にはそれを期待させるものがありました。


でもまあ、ちゃんと、作品に対するリスペクトがあります。それはそれで、この著者が日本文学を愛してやまない気持ちがあらわれています。そこに私は物足りなさを感じるのです。


それから、文学作品に対する理解の深みが、やっぱり足りないと思ってしまう。表面的に見ればそうだけれど、男性作家たちは、自分たちのダメダメなところを出して、こんなダメダメで悩んで苦しんでもがいているけれど、そこで何かを見つけている、ということは全くかかれていない。というか、この著者は日本文学の各作品の、作品の迷路を抜けた出口にある「何か」に気が付いていない。この出口にある「何か」については私はかなり否定的ではあるけれど(ご都合主義的だと思っている)、男性にとってはそれは救いであったりする。


例えばゲーテの「ファウスト」は私は超ご都合主義いい加減にしろコノヤロウ文学だと思っているのです。悪魔に魂を売り渡したなら地獄へ落ちて苦しめと心から思うのです。でも、主人公の心の冒険の先には、つまり迷路の先には、救いがありました。こんなこと許されて?と憤慨するわけですが、それが作品として評価を上げているのであれば、何か意味があるんだろう、キリスト教社会での何らかの意味があるのだろうと思うのです。いや、私はクリスチャンだけどちっともわからないですけどね。
同様に、日本文学には、日本の男性が読んでこそわかる何かがあるんだと思うのです。女性が読むとやっぱり「男の文学だなあ~笑」となりますが、ちゃんと迷路の先に出口が、絶望であっても救いであっても何かが用意されているのです。その意味を、この著者はあまり考えていない気がしています。


ということで、文学への理解について、私は物足りなさを感じました。もちろんこの本の主題が、女心が分からない文豪という事ならば、そこまで触れる必要はないし、女心がいかにわからないかということに集中して本を書くべきだけれど…そういうわけでもない。


何か中途半端な完成度を感じて、私はこの本を自分の手元に置かないことにしました。
もっとも、続編として、川端康成と大江健三郎を取り上げてくれたら、私はまた買いますけどね。


ということでブックオフ行きです~面白かったけれどうちに本を置くスペースがないのですみませんが売りに出します。


ちなみに私が近代文学が男性の文学だと思っていて、もろもろの作家に足りていないのは、「共感力」だと思っています。女性に対して、共感力を働かせることは必要だったのではないかと思ったりします。男女は永遠に分かり合えないけれど、相手を知ろうとすることや、相手の立場になって考えようとすることは、できなくはないと思っています。
では、共感力を持った作家がいるかというと…何人かいますね~。全員私が大好きな作家なので内緒です。

昨晩胃痛に苦しむ+今朝アマゾンからいろいろ届く

昨晩は、夕食後に、やったるぜ~!弾くぜ~!と思い、取り合えずピアノに向かって練習曲とバッハが終わったあたりで、胃痛が。脂汗が出てきて、耐えられなくなって、ホットカーペットの上に寝っ転がったきり動けなくなってしまいました。水も飲めない、薬も飲めない。でもこの胃痛は心当たりがあります。


夕飯は麻婆豆腐入り担々麺でした。飛び切り辛い物。土曜に買って、そのままになっておりました。だから、辛いうえに、賞味期限を過ぎているというものです。そりゃ胃に悪いわ…。


うーんうーん。3時間くらい全く起き上がれず脂汗状態で、本当に薬も水も飲めなかったけれど、2時間くらい下あたりでセルベールをのんで、効かないので一時間くらいあとでもう一錠飲んで、だんだん収まってきました。時刻は11時過ぎ。まだ水は飲めない感じです。こういう時は水とか牛乳で薄めたほうがいいのですよねきっと。だけど不可能でした。


やっと11時半くらいになって、マシになってきました。本当は11時半に睡眠薬飲んで寝てしまおうと思っていましたが(睡眠負債がたまっています…土曜に眠れなかったので)、薬が飲めない状況。
12時にやっと睡眠薬を飲んで眠れた感じです。
大好きだった担々麺に負けるとは。私の胃はどうしちゃったんでしょう。辛い物大好きだったんですが、どういうことでしょう。私の胃はそんなに弱ってしまったんでしょうか。


朝は遅めに起きて、睡眠負債がたまっていて疲れ切っているので、ちょっと午前中は仕事で楽をさせていただきました。その間にアマゾンでいろいろものが届いて、取り合えず通路に置いておきました。


午後からは、英会話の予約やら(これが手違いがあって、いろいろ複雑なことになっておりまして、時間がかかりました)、歯医者の予約やら、仕事の合間にやっておりました。


読みたい本も、あと5ミリくらいの厚さなんですが、今月中に読んでしまいたい…。一冊は読んだので感想文を後で書きに来ます。


夕方、にゃんこ先生カレンダーが届きました。来年もシールを張りまくるぞ!(シールは、ピアノやヴァイオリンを練習した日に貼っています。こうするとどれだけさぼっていたかがわかります)。


ちょっと生活を緩めていいのかな、なんだかんだ、自分を追い詰めて大変だったから、今は特に演奏の用事とかはないので(ないことはない、が、大変な曲ではないのでOK)、食後もゆったりテレビを見たりのんびりしたり読書したりしますかね。ピアノは一日弾かないと翌日手が開かなくなるので、ちょっとはやります。


明日は出勤だから、今日はしっかり用意して、論文の忘れ物がないようにして、やることしっかり決めて、準備完了。


出してみた。今月買った本。

まー。よめませんけどね。一番気になっているのは「紋章学入門」。バルザックは面白そうで買ってしまったら、分厚くてびっくりしています。さあ何時どれを読むか。一年後、二年後ですかね…。