ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「樹影譚」丸谷才一

大正の末期に生まれた丸谷才一さんの短編3本が収録されていた薄っぺらい本です。
「鈍感な青年」これは青春物語ですね。この人の書く女性ってどうもこう、芯があります。それも、前に押し出した「しっかりした女性」とかじゃないんです。さりげなく、強い部分があって、青年に合わせつつ自分のしたいこともかなえてしまうような、本当にささやかな芯があるなあって思います。青春物語で、1986年雑誌掲載、文体は昔の文体で、といっても古典じゃなくて、小さな「つ」がなかったりとか「ようで」が「やうで」になっている程度のちょっと古い文体で書かれています。どんな昔の話だろうと思ったらCDとか出てくるので、そんな古い話じゃないなと思いました。老年期の丸谷才一が書いた青春作品の普遍性を感じさせるものでした。
「樹影譚」これは最初にエッセイがついています。樹影を追い始めた自分のことが書かれています。樹木そのものがいいのではなくて、壁に映る樹木の影がいいんだということなのです。そこで、昔読んだナポコフの小説に、樹木の影を扱った作品があったというのですが、知り合いの文学者に聞いてもそういう話はなかったそうです。そういうわけもあったのか、樹影をもとにした作品をものすることになり、次の章からその作品のあらすじ?構想に入ります。小説じゃないんです。あくまで作品の構想です。途中に文学論があり、創作論があり、それがとても面白かった。誰でも子供のころ「本当の親はほかにいる」と思ったりすることがあり、それが創作につながるのだという論です。現実の自分の平凡さに耐えられず、実は本当の母親はどこぞのお姫様だった、みたいな空想はするものですが、そういうことを扱った小説や物語が大変多いのです。運命のめぐりあわせみたいな感じですかね。
これって今の漫画の世界でもそうで、漫画で活躍している主人公はたいてい最初は凡人や落ちこぼれとして出てきますが、実は血筋をたどっていくと、エリートだったりします。NARUTOにしろワンピースにしろ、そうなんです(そういうのが明かされるにつけ、本当に強くなるのは努力じゃなくて血筋なんだとがっかりするんですけど)。
まあこの辺の、創作の原動力は「実は親が本当の親じゃなかった」的なことを言い出したのは多分ジョルジュ・サンドだと思うのですが、その後もこの小説の構想の中での主人公(老作家)は小説家を「尻をまくつて大衆小説の専門家になる」人と「すごみをきかせて自伝小説をかくことにする」人に分けて分析したメモを残しています。この辺のところ、読んだ本が出てきていろいろ分類されているのは面白かったです。
そういう研究を、この老作家はしていて、ただ老作家には「樹の影、樹の影、樹の影」という癖があり、それをあまり意識しないで暮らしてきた、というところで、ある女性から、公演の帰りにお立ち寄りくださいとの手紙をいただきます。
なんやかんやあって行ってみると、この老作家の子供の時の写真を渡され「あなたはここで生まれたのです」といわれます。つまりこの老作家が、「母親が実は本当の母親ではなかった」という想像などしたことがなかったのだけれど、それに該当する人だったということがわかります。偶然と言いたいのか、この老作家は一度も「母親がもし本当の母親じゃなかったら」など考えたことがなかったようなので、無意識的に思っていたことが現実になってしまった運命の不思議を言っているのか、良く呑み込めませんでした。
ただ、「樹の影」の秘密はわかったようです。
一応、小説の構想と私は思っていますが、普通の小説としても読めるので、それなりに面白いです。いろんな文学論が出てきて、なぜか「暗夜行路」が出てきたりして、びっくりしていましたが、これが書かれたのが1987年、作家のそれまでの人生経験や読書歴、文学論がぎゅっと詰まった一作なのだと思います。


最後の作品は「夢を買ひます」で、これは女性視点からの話。ある教授?先生に囲われている女性が、自分は整形したことがあるということを言ってしまいます。本当はしていないんですが。で、その先生は、宗教団体に関わっていて、あらゆる手を尽くして、彼女が整形する前の顔を知りたいがために、昔の写真をなんとかして入手するのです。で、まあ、整形していないんですが、その先生は整形したことを信じていて、どこが良くなった、どこが成功した、ということを言うのです。その点で女性を見る独特の目線を感じました。そうまでして先生が整形前の写真を欲しがったわけ…歴史を知るとその人への気持ちが深まるみたいなことを言っていたと思います。整形の前後の歴史を知りたいということで、その人の顔の歴史を知って理解をふかめているということですから、人格とかではなく、美観の歴史のことを言っているのだと思います。変質的なまでに整形前の写真を探し出した先生のこだわりは到底私なぞには理解できないものですが、そういう心境というか、探求心は、あるのかもしれません。その独特な美意識を、淡々とした会話で古めかしく語ってくれているのが、なんだか超現実的で、新しいなと思ったりします。


すごく薄い本で、行間が広いので、あっという間に読めます。私は電車の中で読書中に度々気分が悪くなり、短時間で読めませんでしたが、普通の人なら1時間くらいで読めると思います。


次は、海外文学。あと寝る前に伝記も読んでいるので、それも合わせてあと2冊、2月中に終わるかな?

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