ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「西洋中世の罪と罰」阿部謹也

長い海外文学作品を読んだ後にライトな本を、と思って、このタイトルに惹かれて最近買ったばかりの本を読みました。とても薄い。でも講談社学術文庫なので高かったです。


阿部先生の、中世ヨーロッパの亡霊の研究→罪と罰の研究です。


最初の方は、中世初期の、ゲルマン民族に伝わる幽霊の話です。キリスト教世界での幽霊とは異なり、この時代のゲルマン民族に伝わっている伝承では、不満を持って死んだ人、不幸な死に方をした人、病苦で死んだ人などは、化けて出てきて、家族と一緒に過ごしたりはしましたが、たいがい伝わっているのは化けて出てくる幽霊は、次々と関連する人を殺していく、恐ろしい幽霊でした。


サガやエッダを底本としている研究ですが、エッダはキリスト教の影響を受けているので、いろんなところのサガからの引用が多かったです。直接的な引用なので、解説も飾りっ気もなく、そら恐ろしさが伝わってきました。


化けて出てきて次々人を殺していく、恨みを持った亡霊の出てくる世界、うかつに死人に関わっていられませんね。


ゲルマン民族とは、現在のヨーロッパの大部分の方のご先祖なのですが、彼らがヨーロッパに入ってきてローマと融合していく時代には、まだ冥界と現世の明確な区別がなかったようです。よって、死者と生きている人との違いもあまりないような感じでした。こういうところは日本にも共通しますね。もともとは天国も地獄もありませんでしたから。日本の「別世界」は黄泉の国だけでした。アニミズムの国はみんなそんな感じだと思います。この本にはケルトのことはあまり出てきませんでしたが(ケルトはゲルマンに融合していってしまったので、ゲルマン人の残したサガの中にケルトの名残はめっちゃ見られます)、ケルトもこの世の人と別世界の人、妖精や化け物との境界があいまいだったようです。


それから、エッダの世界になり、ちょっとずつキリスト教が入ってきました。キリスト教では中世初期に罪や罰の基準を定めています。
修道院でも主に亡霊の伝承が多いのですが、例えば現世での地位(修道院での修道僧か、司教かということ)はあの世でも引き継がれて、僧衣を着てあの世に送られないと、宗教者としてみてもらえないという説話が伝わっていたりします。また、現世での債務もあの世で引き継がれていったそうです。なので、借金は返しておきましょうとの事。


キリスト教社会になってから、あの世には天国と地獄があるということが民衆にも浸透していきます。煉獄というのは中世に発案されたもので、死後、ちょっと悪いことをした人は煉獄で苦しめられ、遺族や関係者が一所懸命祈ることでその人は救われて天国に行くことができる、まあ、何と言いますか、待合室みたいな感じのところです。私らは子供のころから煉獄のことは知っていましたが、それが発明された(まさに、発明です)のは中世でも結構中ごろ12世紀くらいだそうです。
聖書によると、死者は裁きの日まで神の国の門の前で待つわけですが、そのころは、死んだらすぐ地獄か天国に行くと考えられていたので、煉獄はある意味救済処置でした。このころの幽霊は、ゲルマン民族の恐ろしい幽霊とは異なり、現世の人に救済のための祈りを求めるかわいそうな魂になっていました。


それから、カロリング・ルネッサンスについても触れられています。これは中世ヨーロッパにキリスト教的なあの世の世界観が浸透したというか、させたエポックとして語られます。文芸の復興ということではなく、キリスト教的習慣の浸透という意味で捉えられています。例えば告解の習慣化などはキリスト教化のいい例だと思います。ヨーロッパをあげての洗礼と書かれていましたが、言い得て妙と思いました。


9世紀ころからまとめ始められた「贖罪規定書」には、どういう罪を犯したら、どんな罰を受けるか、まさにこの本のテーマに沿ったことが書かれていて、引用が多数あって大変面白く読ませていただきました。禁止されていること、というのは、わざわざ禁止されているわけですから、やってしまっていることなのですよね。


例えば、殺人をしていたら。40日間続けて水とパンのみで過ごすことを7年間守らないといけないのだそうです。これは、その後西洋キリスト教で考えられる殺人の罪と罰に比べたらいささか軽いと思うのですが、「贖罪規定書」の成立が18世紀としても、その編纂には9世紀くらいからの積み重ねがあることから、新しい殺人に対する刑罰とは異なり、とても初期中世キリスト教的であり、ゲルマンの伝統も残っているのでこんな風になっているのではないかと思います。
それが色濃く出ているのが、日常生活の上でのこまこました罪。これは、わざわざ「やってはいけない」と書かれているほど、俗世間では日常的だったんだろうと思います。この「やってはいけない」ことをやっている人がそのうち魔女になったり魔女裁判で裁かれたりするようです。
ではどんなことが禁止されていたか。
占いや、まじない、自然崇拝などの、日本人に良くなじみがあることが、軒並み禁止になっていました。そういう禁を犯した者は、断食(水とパンだけで過ごす)の刑罰が待っていました。「諸元素、月や太陽、星の動き、朔日と月の食などを崇拝すること」は禁止されていました。って書かれているということはしていたってことですよね。これは自然崇拝の伝統だと思います。ほかにも、「悪魔に従い、悪魔の幻想や幻影に魅惑されて、異教の女神ディアナと数えきれない女たちが、ある種の動物に跨って夜のしじまの中で地上のいたるところを通過し、ディアナが女主人であるかのように、彼女の命令に従い、定められたように彼女に奉仕するために集まることを信じている」ことは罰せられます。ということはそういうことをしている人がいたわけです。「死体を埋葬するときに膏薬を握らせる(死体がそれをもって治療する)」ことも罰せられていました。ということはこれは民間信仰として伝わっていたということです。


こうして禁じられてきたことを見ると、ゲルマン民族の風習が何となく浮かび上がってくるのです。その自然崇拝の様子は、日本の人の迷信とあまり変わらない気がします。日本人も月に願ったり、樹木の精を信じたりしますものね。


でもこうやって、世俗的な迷信を否定して、告解(定期的に教会で罪を告白すること)でキリスト教に民衆を縛り付け、キリスト教の下地を作り出して、ヨーロッパ社会を形成していったというのは、本当にすごいことです。今やヨーロッパも国の宗教としてキリスト教を定めているところは少ないですが、こういうバックグラウンドがあったということを知るだけでも、今の世界情勢や、歴史を見るのが面白くなってきます。


薄い本ですのでお勧めです。もっといろんなことが細かく書かれている素晴らしい研究の本ですが、心に残ったことだけ書きました。


次は日本文学。

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