ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「アラビアの夜の種族」古川日出男

上中下3冊の長編でした。


これは、ミステリーです。


話の筋書きはこうです。


ナポレオンがエジプトに攻めてきた!その時、エジプト側の人間はどうしたか。その本を読み始めると何もかも忘れて破滅に導いてしまうという「災厄の書」を献上しよう。


中級官吏みたいなアイユーブという人物が、知事クラスの人間に、これを準備しますというのです。が、そんな書、ありません。ないのなら作ってしまおう。ということで、語り手に本の内容を語らせます。この本は、その「災厄の書」の内容が書かれています。


語らせた内容というのは、3人の冒険譚です。一人は西暦700年くらい?もう二人は西暦1700年くらい?時代設定はこのくらいかと思いますが、アラビアの妖術・魔術を会得して永遠の眠りについたアダム、アルビノの魔術師ファラー、捨てられた王子ということを知らずに盗人稼業で育ったサフィアーンの3人のそれぞれの冒険譚が、最後、統合されていく様は、見事です。結局は、3人の協力の元、ダビデの星のしるしの地下に封印されているジンニーア(魔人?女魔人)を倒します。サフィアーンは国の王になり、僭王の娘をめとってハッピーエンド。ここまでいろいろなエピソードがあって、それぞれの頭の良さ、勇気、人間らしさが描かれるのですが、確かに面白いけれど。


これが「災厄の書」なのか?読むものを破滅に導くという。ナポレオンを破滅に導くという…。


違うんですね~正解はもっと後にありました。
ナポレオンの侵攻の様子も並行して書かれ、この3人の物語が次々に語られていく様子も描かれて、最初はこれはフランス語に翻訳しないでどうするんだということになっています。そこのところあやふやになっていて、ナポレオンに献上して破滅してもらうために書いているんだったらすぐにでもフランス語訳を出してナポレオンに届けるべきだと思うでしょう。でも、そうじゃなかったんです。


この物語は、冒険譚ではなくミステリーなのです。


どこまでが?ナポレオンのカイロ侵攻が?いえいえいえ。もっとです。


そもそも、物語の中では、冒険譚と並行してナポレオンに対する対抗も書かれているのですが、その中で、アイユーブの本当の目的、本当はこの本を誰の破滅のために書かせたのか、が明らかになります。そこまでで一つのミステリーになります。


でも、ミステリーは続きます。どこまで?
あとがきまでです。


あとがきには、この「アラビアの夜の種族」という物語がアラブ世界にあって、著作者が記名しなかったのでいろんな方面に広がり、西洋社会にも広がった文学で、日本にはその翻訳がないからこの古川さんが英語訳から日本語訳を手掛けた、という風に書かれています。
多分それも、創作でしょう。こういう物語が西洋世界にあることは私は知りませんし、あったらとっくに専門家が翻訳しています。それにこの人翻訳文学の人ではありません。そこまでわかって、なぜこの本が、日本推理作家協会賞・日本SF大賞を取ったのかが、わかります。


と、かなりのネタバレですね。まあ、このネタバレを知らなくとも、冒険譚はそれはそれで面白いので(主人公の一人なのに死んでしまったり、ミイラになってしまったり)、楽しく読めると思います。私は1か月かかりましたが、毎晩読むのが楽しみでなりませんでした。


お勧めは夜読むことですね。


不満があるとしたら、それぞれのキャラクターが立ってなかったことですかね。何となくプロトタイプ的な人間ばかりで、とがってなくて、それなりにトラウマがあったり悲しみや辛いことを抱えているのですが、それが個人の性格に反映されていない点ですかね。


この本に面白い一文がありました。唯一私がポストイットを貼った(私は本を読むときポストイットを貼りまくります)ところです。
「書物はそれと出遭うべき人物のところに顕われるのではないでしょうか」


そう、それは私が今読みたいと思う本だったので、今であっていて正解なのでした。書物とは何か、出会いとは何か、そういうことを考えさせてくれる本でもありました。


私がこの本に興味を持ったのは、4月からの自粛中に、どんな本を読んだらいいか、というので、ピースの又吉さんが推薦していたのを読んで、買ってみたいと思ったのです。アマゾンで買おうとしたら品切れ、毎日チェックしてやっと5月に入荷になり、買ってしまいました。本の山がほかにあるのに、それを無視して先に読んでしまいました。


最後の最後まで、「私はだまされているのか」と懐疑的であり続けましたが、私の疑いは、作者に問わないとわからないことなのでしょう。でも、ちゃんと読める人はわかると思います。最後の一分までが、フィクションで、ミステリーなのだということが。


長いですが、私のように読む速度が遅くなければ、多分一気に読めます。凝った漢字を使ったりしているので、好き嫌いがあるかもしれませんが、お勧めの作品です。


次はロシアもの~。

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