ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「バウドリーノ」U.エーコ

イタリア文学者の河島先生が、「世間ではイタリアには近代文学がないと言われている」とおっしゃっておりましたが、そんな河島先生が翻訳されたのが有名な「薔薇の名前」という、中世イタリアの修道院を舞台とした推理小説。現代文学です。いつもこの本が気になっていて、買おうかどうか、文庫化を待つかどうか、悩むのですが、同じエーコの作品で文庫化されたものがあったので、Amazonでぽちりました。


それがこの本。主人公バウドリーノの成長物語+冒険物語です。
舞台は12世紀神聖ローマ帝国とイタリア。たぐいまれなる語学力を持っていたバウドリーノはフリードリヒ皇帝に気に入られ養子になります。パリに勉強に行って来いと言われ(当時はパリに大学があったのです)、そこで修辞学を学びます。その後冒険をともにする友達ともここで出会い、いろいろなものを体験し、学び、お酒も飲み、手紙もたくさん書きます。皇帝を讃える詩を書いて、詩人と呼ばれる友達の作品だとして皇帝に送ったら、その詩人という友達が推挙され皇帝付きの詩人になったりします。ユダヤ教の友達もできます。皇帝フリードリヒの奥さんに恋をしたりします。パリ遊学から戻り、フリードリヒ皇帝のミラノ陥落のために知恵を働かせます。また、当時は勝手に都市を作ることは禁止されていましたが(どの都市も皇帝の名のもとに認められます)、バウドリーノの本来の生まれた都市は勝手に都市になりあがってきます。ここでも一計を巡らせて、戦うことなく、都市を認めさせてしまいます。


バウドリーノはパリにいたときに友人たちと「司祭ヨハネ」伝説を本気で信じ、「司祭ヨハネの手紙」をでっち上げます。この手紙は史実にもあるのです。この物語の中では、東方の、インドより向こうにあるキリスト教国を治める伝説の司祭ヨハネからの手紙ということになっています。ちなみに著者のエーコは2016年没ですが、この物語はあたかも12世紀に書かれたかのような古臭さや鮮やかさや、臨場感がありました。
皇帝フリードリヒは、その手紙を政治的に利用しようかと言い出します。ラテン語で書かれたその手紙のアイデアは、独り歩きして、フリードリヒやバウドリーノたちが利用する前に誰かが勝手に「司祭ヨハネの手紙」を捏造して広めてしまいます。バウドリーノたちはそれが捏造で、司祭ヨハネの国が伝説であることを知っていますが、フリードリヒの持つ聖杯を東方の司祭ヨハネの国に届けようということになります。そんな時訪れていた地で、フリードリヒが亡くなります。そして彼らは聖杯を持って司祭ヨハネの国を目指すのですが、聖杯が失われてしまいます。


誰が皇帝フリードリヒを殺し、聖杯を奪ったのか。そして彼らは司祭ヨハネの国にたどり着いたのだろうか。そしてバウドリーノの言っていることはどこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろうか。


というのがこの話の筋です。
知識欲をそそるのが、史実と伝説と創作を織り交ぜた、タペストリ的なお話の作りです。皇帝フリードリヒは実在し、「司祭ヨハネの手紙騒動」というのも実際にあったのだそうです。そして当時中世ヨーロッパの十字軍の話や、聖遺物やその捏造の話などが盛り込まれていました。バウドリーノとその仲間たちは、12人の賢王として(キリストが生まれるときにご挨拶に伺ったのは3人の博士だったか12人の賢王だったかという論争になり、彼らの中では12人の賢王となったのですが、それにならって、司祭ヨハネを訪問するのは12人と決めたのです)東方の国に向かいます。石の流れる川を越えたり様々な困難を超えて、助祭の国にまではたどり着きます。
そこは「プリニウス展」ともいうべき、大プリニウスの「博物誌」に記載されている人外の知的生命体?の共存する、不思議な世界でした。足一本で歩く賢い人たちや、頭がない人たち、半身半獣、犬の上半身の人、一つ目の巨人、ヌビア人、いろいろな人が出てきます。彼らは別々の信仰を持っていて、キリスト教でもネストリウス派だったりアリウス派だったりします。それでも共存していて、その信仰の微妙な違いが、決定的な時にネックになってしまうのですが、異なる信仰の人々が一つの町で暮らせるというのは、例えばエルサレムだったり、1つにして3つの都市イスタンブールだったり、あり得ることなのかと思ってしまいます。そんな中で、バウドリーノは、グノーシス主義者の少女と恋に落ちてしまいます。長い冒険の末にその地にたどり着いていたので、もう年齢は50歳過ぎていました。少女は人間の男を見たことがないので、彼が若いのかそうでないのか、わからなかったのです。で、彼女もまた、人間ではなく…。そのため、引き裂かれてしまうのですが。


聖杯を持ち逃げしたであろう人物は探し出せず、司祭ヨハネの国にはたどり着けず。なのですが、最後にはどんでん返しが待っています。


一行も見逃せない面白い小説でした。失意の主人公を何が救うのか、少年時から老年までのバウドリーノの人生の折々で出会う人や物事の面白さに、電車時間も忘れて読んでいましたが、なんだかんだ1か月以上かかってしまいました。


物語は、東ローマ帝国の歴史家に老バウドリーノが自分の経験を語るというていで成り立っています。だからどこからどこまでが、記憶なのか、どこからどこまでが現在進行形なのか、見分けるのにちょっと時間がかかってしまいます。


ちょいちょいと、キリスト教の豆知識が出てきたりして、いちいち面白かったです。現代の作家が書いたと思えないくらい、まるで見てきて書いたような戦闘の現場や探検の現場の数々。この本はあたりだと思いました。というか、この作家はあたりだと思いました。


この本は、探検小説とも読めますし、聖杯の行方や皇帝の死の謎を解く推理小説(まさに密室殺人!)となっていて、どういうとらえ方をしても、とても楽しめます。


中世の人は、本当にインドよりも東に伝説の楽園があると信じていたらしいですね。


それから中世に関する誤解もこの本の解説では説明してくれています。中世という時代はヨーロッパにとっては何の発展もなかった暗黒時代と言われていますが、修道院の中や、そのほかいろいろなものが創造され発明されてはいたのだそうです。私は文明は一度アラブにわたってそこから再度ヨーロッパにもたらされたのだと思っていたのですが、そんなことはないよと。自治都市、銀行、為替や手形などの信用決済(これはテンプル騎士団ね)、紙、音符(アラブ世界では音楽は発展しなかったみたい)、眼鏡、洋服のボタン、食事に使うフォークなどは、中世の産物だそうです。


いろいろと知的好奇心をくすぐられる本でした。またこの作家の本を読みたいというので、Amazonでぽちりそうでしたが、とりあえず「あとで買う」に入れておきました。今月は本はもう買わない。


今度はSF読みます。これも待ちに待ったSFなのです。読もうと思ってずっと読めていなかったです。
あと人外魔境な本でそのまんま「人外魔境」という本がありまして、それもつい昨日ぽちってしまいまして、これも読みたい。だけど最近出版された本で地球生物全史というのがあってそれも読みたい、私は働いている時間よりも土日の読書時間が一番充実していますね。

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