それか!
母から伝え聞いている、2歳のころの私の話です。
当時川崎に住んでいた私は、高速道路のわき道からちょっと入ったところにある、年季の入った駄菓子屋さんに寄るのが好きでした。妹が生まれるちょっと前のころだといいます。大きなおなかを抱えた小さな母は、さらに小さな私を連れて、駄菓子屋で、お菓子を買ってくれました。
でも、私はなかなか帰ろうとしない。
駄菓子屋さんは子供にとって天国ですからね、そりゃ帰りたくないだろうと、母親も一所懸命なだめたようです。お店のおばあちゃんも、これかい?あれかい?と聞きながら、私が欲しがりそうなものを示してくれていたようです。
どれも違います。私はろくにしゃべれなかったのでついには怒りだして泣き出してしまいました。
「あれ!」
私が指さしたのは、瓶に入った飴玉。
母が困って飴玉を一つ買って私に与えました。
「違うの、それじゃないの」
飴玉にもいろいろな色があったから、じゃあどれがいいの?どの色がいいの?と、お店の人も母も私の好みを一所懸命聞いてくれました。
「これがほしいの」
これといっても、私が指すのは飴玉。でも飴玉を差し出されても違うという。母も店のおばあちゃんもさっぱり訳が分からず。でも、絶対これが欲しいと言ってなかなか私は言うことを聞きませんし、そこを動こうとしません。梃子でも動かない、そのくらい頑固でした。
私が欲しがったのは、実は、飴玉のほうではなく、それが入ったガラス瓶だったのです。
それは売り物ではないし、買って帰れないと、母は何とか私をなだめて連れ帰ったそうですが、私にとってきっとそのガラス瓶は立派に見えて遊べそうだと思われたのだと、今は思います。
以後、時々、「それほしいんか!」って突っ込まれるようなものを欲しがって親を困らせることがありました。売り物が欲しいんじゃないんですよ、何が欲しいのか、私にもよくわかりませんが、異常な物欲というのはこのあたりから片鱗が見え出した気がします。
母がいなくなったらこういう思い出を語れる人がいなくなるなあ…。