ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「幻想と怪奇の夏目漱石」東雅夫編

文豪怪奇コレクションとして、東雅夫さんがアンソロジー的なシリーズを出しています。今持っているのは漱石と乱歩と百聞なんですが、第一弾の夏目漱石を読みました。


入ってるだろうな~と思いつつ、やっぱり夢十夜は入っていました。
散文から、小説の抜出部分まで、漱石の幻想趣味がいろいろ入っていて、バラエティに富んでいたので、漱石を見る目が変わりました。漱石と言えば、俗的な作品では「虞美人草」、もうちょっと高尚な作品では後期三部作とかいうイメージがありましたが、幻想的なものにも興味を持っていたんですね。


漱石の幻想には女性がかかわってくるものが多いように思います。髪の長い女性がとりついている感じです。ほかの漱石の作品に比べて、女性率が高い感じがしています。漱石にとって女性は幻想的な存在だったのかもしれません。インフルエンザで亡くなった奥様が戦地の夫のところに顕われるのも女性ですし…。


私は「永日日記」と「吾輩は猫である」を読んだことがないので、幽霊のことが取り上げられている(幽霊話=幻想と怪奇、というのはちょっと違うと思うんですが)この部分だけを知ることになりました。将来的にはこの2作品も読んでみたいと思います。


文章が、現代文で読めるもので書いてあるのが最初のほう「夢十夜」「永日小品(抄)」「吾輩は猫である(抄)」「倫敦塔」くらいで、最後の方の2作品「幻影の盾」「かい露行(かいの字は難しい字で見えません)」は、文語体で書かれている、しかもアーサー王伝説!ランスロットが文語体で表現されている!!なんだかおかしい!!


なので最後のほうはすらすら読めなくて、難儀しました。文語体、ていうか古典の言葉遣い、もうすっかり忘れてましたが、雰囲気で思い出しつつ読みました。


不思議だったのは、というか、これ書いてる人精神的にヤバくないか?と思ったのは「倫敦塔」でした。どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが幻想の世界なのか、わかりません。その幻想の世界は、いったいどこから着想を得ているのだろうかと不思議に思ってしまいます。


漱石は「オトランド城」やポーなども読んでいたそうなので、作家としてそういう方向の作品を書くことに興味を持っていたかもしれません。でも、ここで東さんも振れているように、漱石の作家活動というのは10年ちょっとくらいしかなかったので(それであれだけの作品を残したわけですからすごく書いたんだと思います)、幻想文学的なものを書こうと思っても書けなかったんじゃないかと思います。あと漱石が10年長生きしていたら、もっと当たらしい日本文学が出現していたかもしれません。


次は乱歩編です。

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