ひまわり畑を夢見るブログ

40歳以上独身女性です。2016年1月、乳がんとの診断。でも仕事を辞められない、いったんやめたらもう戻れない研究職です。仕事と病気と第2の職である音楽とうまく付き合って必死で生きていく雑多な記録です。

生き生き、生きること、輝くこと!

職場で使っているワークステーションが壊れて、HPに電話してあれこれやっていて一日が終ってしまいました。多分LSI製のRaidカードが故障しているだろうといわれて、Raidカードの製造会社に問い合わせてトラブルシューティングをしてから問題があれば電話くださいとのことでした。このままだったらたらいまわしですね。私それほど知識があるわけじゃないので、こんがらがっています。


とにかく治さないと、メモリ48Gのワークステーションがもったいないですからね、カード一枚で治るなら治します。


ところで、ここ数日で思っていることです。
生き生き、生きること。
なにをまた。と思われるかもしれません。
私はがんになって諦めたことがたくさんあります。普通に暮らしたかった、普通に就職したかった、普通に転移再発におびえることなく平穏な日々を暮らしたかった。ここには書かないけどそれ以外のことで諦めていることがまだまだあります。第一、私の生涯は55歳くらいまでしか描けていません。それ以後のことは、私には来ないものだと、思い込もうとして、本当に思い込んでいました。
健康は第一だけど、健康を多少犠牲にしても、やるべきことはあると思うのです。たとえば仕事。研究の世界で身を立てていくならば、多少の無理は必要です。それを、ストレスをためないよう、健康に響かないよう、避けてきた。最近は土日出勤してませんし、残業もあまりしていません。出来る範囲でやっているけれど、それって、私の「生き生き」とは違うんですね。私の「生き生き」は、頭が疲れ切るまで研究して、成果を集中してまとめて、議論を重ねて、戦って戦って、いいものを作る、という感じなのです。
年齢的に、そういう無謀な態度はもう出来ないのかもしれません。守りに入ってしまって、いい意味で落ち着いたといいますか。だけどもっとがんがん行かねば。今後幸せになりたいんだったら、ひとつも諦めてはいけなかったのではないか。


ということで、諦めるのやめました。


どうしても乳がんの性質上、ホルモン治療をすると、「女性」としての終わりを感じずにはいられません。40代半ばにして突然老いが来たのです。抗がん剤で閉経して超快適な日々を送ることが出来るようになった反面、もう私は輝けないんだなと、漠然と感じました。若い頃は何処に出て行っても社交的に過ごしてきたけれど、これからは慎ましやかに控えめに生きていかないといけないんだなと、もうおばあちゃんなんだなと、思っていました。鏡を見ても、皮膚のたるみが気になって、表に出て行く勇気がなかったりしました。これから輝くことはもうないだろうと、諦めていました。学会や研究集会の飲み会も全部断っていました。もともと社交的な性格上、もっと表に出て色んな人と知り合いになりたいという気持ちもないではないのですが、そういう年齢じゃないんだと諦めていました。


でもそれって、私らしくない。
まずは行動。
いい結果が出ようが、悪い結果になろうが、やって後悔したほうが、やらないで後悔するより何倍もいい。私は今までやりたいことをやってきたけれど、正直やって後悔したことはひとつもないし、やらなくて後悔したのは小学校の勉強くらいです。しいて言えば、乳がんになってから行動範囲が狭くなり、表に出ないようになったことは、後悔しています。縮こまらないで、もっと輝けるよう、頑張ります。


私の人生は乳がんで大きく左右されましたが、私の人生は乳がんのためにあるのではないのです。


何よりも、欧州の、いちめんのひまわり畑を、見たいのです。


とりとめもないですが、今年度の後半の目標、輝くこと!!
頑張りますので応援よろしくお願いいたします!!

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