ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「白骨の処女」森下雨村

この方は、「日本探偵小説の父」と言われている方です。私はお恥ずかしながら初めて読みました。名前は知っていましたよ、我々昭和初期大衆文学ファンならだれでも知っている「新青年」という雑誌の編集長で、乱歩を世に出した人ですから。


この小説は昭和初期に書かれたもので、何人か殺されます。なのに、全然血なまぐささを感じさせない明解な、時として中学生の少女小説並みな文体が特徴なのです。なんじゃこりゃ思ったところの表現を一つ。


「水っぽいコバルトの空には、オパール色の浮雲がゆるやかに流れて、静寂な神宮外苑の芝生の上には、温かい春の陽がさんさんと輝いていた。時々省線電車の響きが聞こえてくるだけで、人通りも稀な外苑の朝は麗らかな陽射しをうけて、ひっそり微笑んでいるようだった」


こんな明解な文章を、あの、大戦間の混沌とした日本の、昭和初期大衆小説の大家を沢山見出した編集者だった作家が書くんだ…。いやいや…私は両手放しで誰が何といおうと褒める作家は世界に一人しかおらず、残念ながらこの方ではないので、褒めません。そして、この作品を通して、色、輝き、特に宝石の色というのは、各地にちりばめられていて、音楽でいうところの一種のライトモチーフになっているんですけれど、それがバレバレなので、浅い感じがするんです。


文章が平易だから大変読みやすいはずなんですが、なぜでしょうか、どういうわけか、一冊読むのに10日以上かかっているんですね。おかしいなあ。楽器の練習もあったけれど、なんというか、あまり探偵小説・推理小説としてハラハラさせられる場面がなかった感じがあるんですよね。ちょっと退屈な感じでしょうか。過激なシーンはないし、急展開する場面もなく、ただただ皆のアリバイをあらっていく、アリバイ小説とでも言いましょうか。


一気に読んでしまうとその面白さがわかりました。あれ?でも最初の殺人は何のために誰が起こしたんだ?動機としては浅くないか?とか、思ったりもしますが、血縁をめぐる連続殺人に、そして、殺されて行方不明になっていた娘は実は…という。


あとがきから書き抜きしますとこんな感じです。
「東京・神宮外苑に放置されていた盗難車両から、青年の変死体が発見される。被害者は新潟出身の大学生だったが、今度は新潟で、石油王の娘でその青年の婚約者が、大量の血痕を残して失踪した。東京と新潟の新聞記者が協力して真相を追うなか、容疑者浮かび上がる。だがその容疑者には、最初の事件で、大阪駅にいたという鉄壁のアリバイがー。」


この小説の話を引き回してくれるのは、新潟の新聞社の記者ですが、主人公は東京の新聞社の記者で、この東京の記者神尾が知能を尽くしてすべてを暴いていきます。新潟の記者の記述量のほうが多いのですが、とんとんと話を明らかにしていくのは東京の記者のほうなんですね。
あと情報戦の側面がこの時代から見られて面白かったです。打電してください、って何だろうと思ったら、電話で声で交信するんじゃなくて、電報みたいなものなんですね。そういうのを使って、新聞も使って、新聞で情報収集もして(賞金を懸けるとか)、東京と新潟の状況を頭脳明晰な記者が把握し、ついに犯人を突き止めるというか自白させるという。


一機に読めたらなかなかに面白いです。読むのはもうちょっと年齢層が若い人がいいんじゃないかと思います。文章が明晰だなあと思ったらこの方もやっぱり新聞記者の経験があるのだそうですね。早大英文卒で、翻訳などもなさっているそうで、ここかしこに出てくるインテリ知識はなかなかですが、衒学的なところは小栗虫太郎のほうが全然上です。ま、どこをとっても十蘭には及びませんが。


まあでも、あの時代に、こういう本が書かれたということを知ることができたということが、私にとっては大変な収穫でした。新聞記者→推理小説家、この路線、定式化できそうな気がしています。


私は昭和初期の大衆文学に興味があるので、最近この手の本を再版してくれる河出書房さまには本当に感謝しております。まだまだいろいろ読みたいです。けれど、これからは、かねてから読みたいと思っていた「アーサー王物語」を読もうと思います。3冊ありますが、9月中に読み終わるかどうか。


今日から読んじゃおう!


にほんブログ村 ダイエットブログへ

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ

×

非ログインユーザーとして返信する