ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

暑い…。38度

東京の自宅に帰ってまいりました。
頭が熱くて。熱を測ったら38度。今晩予定があるんだけど無理かなあ…でも80年に一度のなんかすごい仏教行事があるらしいんですよ。80年後はさすがに生きてないだろうなあ…。だから行きたい。明日休みだし寝ていればいいから行こう!


部屋に冷房ガンガン入れて、冷やします。
ポンタパーカー買ったけど、とても暑くて着る気になりません。タンクトップに膝上スカートです(夏の部屋着はこれです!)、どちらもユニクロです。


とりあえず熱が下がるようSG配合顆粒を飲みます。


熱はあって頭は暑いんだけどとっても元気です。熱は心療内科で「自律神経失調か心因性の微熱」と判断されたので(内科にも行ったけど同じ結論だったので)、熱がこれ以上上がらなければ、熱と共存していく方向で、怠くてもできることをやろうと思います。水分も適切に摂取しないといけませんね、熱がこもりますから。冷たい水をなるべく飲んで、体温を下げる、それに限りますね。


昔。まだ10代のころ。
私は熱があるのに、ボーリングに行ってカラオケに行ってバドミントンにいって飲み会に行ったことがあります。その時私は本当に無知でした。熱だけあって、体は軽く、頭もよく回り、怠さがなく、いつもより元気で、ボーリングでもバドミントンでも誰にも負けていませんでした。
熱が41度になりました。え???見たことないこんな体温。翌日からアルバイトがあったので、大急ぎで病院へ。解熱剤をもらおうと思ったのですが。
病院にいって、熱だけの症状であることから、風邪ではないとの判断。その時のお医者さんが本当によかったんですね、症状を詳しく聞いてくれて、横になって、足を曲げるんですが、その時に関節が自動的に曲がってしまうという症状からすぐに気が付いてくれました。
病名は、細菌性髄膜炎。
すぐに、背中に局部麻酔をされ、ぶっとい長い針で背骨の髄液を採取。そのころにはもう熱も42度くらいになっていたのでしょうか、意識もうろうとし始め、空間認識力がはなくなり、何がどうなっているのかわからない状態でした。
両親は実家(横浜)にいなくて実家(埼玉)に行っていたので、病院から電話をかけて「なんか、入院しろって言われたんだけど」と告げて、そのあたりから記憶があいまいです。即入院で、そのまま病室に歩いて行って、部屋の皆さんに「よろしくお願いいたします」とあいさつをして頭を下げて、ベッドに寝かされました。
この病気は、脳への刺激が一番よくないらしく、光禁止、動くの禁止、話すの禁止、ややこしいこと考えるの禁止、何をするのも禁止でした。私のベッドだけカーテンでしっかり閉められて、面会謝絶。すぐに解熱のための点滴。食事はしばらくダメ。
両親はすぐに車で帰ってきて、パジャマと下着を用意してきてくれました。小さな病院だったので、疫学検査には一日以上かかるそうですが、症状から言って髄膜炎に間違いないとのこと、そして、この病気は脳に障害が出るということ。


3日目くらいからおかゆが食べられるようになり、5日目くらいから光を入れても大丈夫になりましたが、ずっと真っ暗な中で大変退屈しておりました。いっそ鎮静剤で寝かせておいてほしかったですが…。
熱が下がってからボーイフレンドに遊びに来てもらって夜遅くまで遊んでたりとか(怒られた)、ベッドの上で腕立て伏せしたりとか(怒られた)、病院内を冒険したりとか(怒られた)、病院の外のコンビニに行って立ち読みしたりとか(怒られた)そんなことしてましたけど、脳の検査をして、一応異常がないことが確認され、2週間ほどで退院となりました。


この時のお医者さんには本当に感謝です。熱だけの症状から、よくぞ髄膜炎を見つけてくれました。ちなみに髄膜炎は子供がよくかかる病気で、大人でかかるのは珍しいそうです。でも私は、「菌が入った」という日を明確に記憶しています。あれ?体調悪いかも、っていう瞬間が、3月27日の午後4時、近所のケンタッキーフライドチキンの階段で、そう思ったんです。


ということでこの経験から高熱が出たらバドミントンをやったり飲み会に行ったりしないようにしています。


皆様も、案外と些細な体調不良から何か大きな病気になる場合がありますので十分お気を付けください(超説得力なし!


さてこれから出かけてきます。皆様残りの休日もよい一日になりますように!!

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