ひまわり畑を夢見るブログ

44歳の時、乳がんの診断。ステージ2。手術して抗がん剤とホルモン治療。仕事と治療の両立の生活記録を残します。

「夜の果てへの旅」セリーヌ

訳が難しすぎて、難儀しました。文章になっていないのです。主語と述語とが、明確になっていないのです。これは、へたくそな訳者のためなのか…と思っていたら、フランス語の先生は、「あの人のフランス語は独特だから難しいんだよね」と言っていました。そうか、原文が難しいからこんな読みにくい訳になるんだなと納得しました。


この小説は、セリーヌの半自伝的小説です。上下巻の2冊で、上巻の方では、第一次大戦で、ぽいっとノリで軍隊に入って武勲をあげ、「いたるところから逃げ出したい性格」のためにアフリカに出奔、現地で一介の商人に転身し、そこも飛び出してアフリカ人に舟をこぐ人員としてアメリカ人に売られ、船でアメリカに行って自動車会社で働くという、冒険譚のような、ピンポン玉人生のようなストーリーでした。下巻の方はフランスに戻りパリの近郊ランシィで医者として開業し、いろんなたくらみにかかわったり、悪友が現れて彼も悪だくみに利用され大けがをしたり、精神病院に勤務したり、悪友が痴情のもつれで殺されてしまうところで物語が終わります。


何とも、薄暗い感じの文章で、全体的に詩的でした。物語を読んでいるというよりは詩を読んでいるような感じで、随所に教訓めいたものが見られ、人生とは、青春とは、自分が欲するものとは、つまりどういうものなのだ、ということが書かれていて、しかもそれがポジティブなものではなくネガティブで、こいつはペシミストなのかとも思ったのですが、どうやらそうでもなさそうな感じでした。現実を、冷ややかな目で見ていたのではなく、どんな思想にも引っ張られない中立な目で見ていたから、この第一次大戦、その後の世界の薄暗さを表現できたのだろうと思うのです。


フランス文学の中で、私はセリーヌという人を知りませんでした。それが、世界最高の文学100冊の中に入っていたフランス人作家ということで興味を持ち、買ってみた次第です。

↑このHPを見て、世界文学でよく読まれている作品を調べていたのです。


よく知らない作家だし、うーん。先入観を持たないで読んだ方がいいから、作家のことを調べずに読み進めて、やっと読み終わって解説を見てびっくりしました。
反ソ文書をたたきつけ、拝金と好戦の象徴としてのユダヤ人糾弾に鋭い筆鋒を向け、戦後は戦犯として投獄されている「国賊作家」なのだそうだ。
反ユダヤ主義だったことは確からしいし、社会主義的だということで社会主義者にも利用されたようだけれども、この本を読んでいる限り、人種差別的なところはちっともないし、社会主義的なところも全くないし、反ソかどうかは全く分からないし、フランスを愛していることはよくわかるような書きぶりでした。左翼作家とまで言われたらしいですが、読んでみても全く左翼的なところは見当たりません。労働者のことは書かれていましたが(アメリカで自動車会社で労働者として働いたことが書かれていて、社会主義的だとみられたのかもしれません)、後半は、貧しい医者として貧しい市民のたくらみに巻き込まれたりして、庶民的というか、もっと貧しいフランスの一般市民を書いて、その実情を知らしめたように見えるんです。常にどの階層からでもない公平で冷静な目線で社会や自分の周りのことを見つめてきた、それだけのような気がします。


とても深い教訓がいくつもありましたが、ありすぎて忘れてしまいました。フランス語の先生は、ネットからセリーヌ教訓集(フランス語)を探してくれて、ちょっとだけ教えてくれましたが、そういうことを書く時のフランス語は平易なフランス語でした。


あとがきには、
「本作品は、「解説」に見られるように、「世俗的な破格の文体で一貫され、露骨、大胆な表現と反社会的思想で充満」させることをもって「現代社会の病根を完膚なきまでに摘出」した文学作品である」とあります。私の感想ではそこまで過激なものではなく、第一次大戦中のピンポン玉フランス人の放浪記のような感じに読めてしまいます。彼のような生き方は当時の常識からは幾分外れるのだろうと思いますが、例えば同時期のアポリネールなんかと比べると、よほど頭がはっきりしていて、些細なことから真理を見つけ出そうとしています。


読み終わるのにずいぶん長くかかってしまいましたが、最初は文体についていけず苦労しました。でも読んでよかったと思います。フランス人にもこういう人がいたんだなと。全然きれいな世界じゃない、薄暗い夜に向かっていく話だし、ノミや蛆虫も出てくるけれど、軍隊に飛び込んだり、軍隊を飛び出したり、商売も飛び出したりするところになんだか共感を覚えてしまい、楽しく読むことができました。


次は何か論文みたいなのを読みたいと思います。まだまだ本の山は崩れません。

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